教職員インタビュー

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第4回 教員インタビュー  東  泰孝 先生

2014年4月18日(金)
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大学院:生命環境科学研究科獣医学専攻
学域学類:生命環境科学域獣医学類
東 泰孝 准教授

こんにちは。現代システム科学域環境システム学類3年生の菊田美月です。

今回のインタビューは、私が1年生のときに受講した初年次ゼミ『大学教員というお仕事』でお世話になった獣医学類の東泰孝先生にお話を伺いました。私は東先生の初ゼミでFDの存在を知り、大学での学びや大学教育について興味を持ちました。大学生に求められる主体的な学びとは何なのか、そのためにはどうすればいいのか、また、先生自身が教育において気をつけていることや心がけていることなど、伺って参りました。

学生のみなさんのこれからの学生生活のヒントになれば、私自身もうれしいです。ぜひ、お読みください。

 


経歴・教育信条について

経歴について
私は生命環境科学域獣医学類に所属していますが、出身は摂南大学薬学部です。学部卒業後は大学院に進学しましたが、大学院在学中に指導教授から大学教員のポストのお話があり、大学院を中退して大阪歯科大学の助手となりました。博士の学位は歯学部にて頂きましたので、薬学部出身で博士(歯学)という経歴です。その後、大阪歯科大学を退職し、米国Yale大学に留学に行きました。留学中に大阪府大へのお話があり、現在に至っています。
私の経歴は、薬学・歯学・獣医学と、異なる学部教育・異なる大学を三つ見てきましたので、異なるカルチャーを経験でき、視野を広げることができました。 出身大学あるいは出身学部と同じ学部で教員になれればよかったのかもしれませんが、私の場合は「縁」というものを大切にし、「縁をつなぎ」、「縁に従い」、今日に至っています。

 

教育信条について
「新発硎」というのは漢文で「新たに硎を発す」といい、中国古典の『荘子』に出てくる言葉です。好きな言葉の一つです。学生さんを刀に見立て、教員はそれを研磨する硯石となり、学生さんの切れ味をよくする、つまり人間力をあげる役割です。我々教員もいい硯石とならないことには、学生さんに十分な研磨をかけられず、刀の切れ味は良くなりません。
教育には、色々なやり方があります。「大きな木を育てる教育」「きれいな花を咲かせる教育」などあると思いますが、私は「雑草を育てたい」です。ストレスに対する抵抗力や、打たれ強いメンタリティを鍛えたいです。

 

主体的な学習とは何ですか?

「大学は自分が勉強したくて入学してくるはず」と考えていますので、教員が導くというよりは、教員は「伴奏」のようなイメージで頑張る学生さんを助けるという形が良いのかなと思います。一方で、道標になってあげるということも必要だとも思います。
学生の勉学へのやる気および出来を試しに三分割してみると、一つ目のグループは「何も言わなくても自主的によく勉強する人」、次のグループは「やる気にむらがある人」、そして、三つめのグループは「あまり芳しくない人」に分けられます。講義中、どのグループを対象にして教えるのがいいのかを考えます。学生のやる気や能力は各自各様です。私は、(王道で使い古されているかもしれませんが)真ん中のグループをターゲットにしています。仮に、あまり芳しくない人達のレベルに講義レベルを合わせると、そのグループの成績は上がることが期待されますが、同時に端折って授業を進められたところも逐一説明する必要があるので、全体の講義として間延び感が出てきます。ですので、真ん中のグループを鍛えることで、彼らのやる気や能力が上がると、心理的に下のグループの学生たちも上がると思っています。
「主体的」というのは「こうしたら主体的ですよ」というよりは、どういう学生さんに重点的にわかりやすい授業をするかによって、彼らの成績や主体性を引 き出していくかが肝要だと思います。「主体的な学習とは何か」という問いに対して十分な回答ではないですが授業の中で心がけていることです。

 

人は変わる
「主体性をもって学べない学生さんたちをどうするのか」という問題で、獣医学類の先生方とは、「教員の教員力を上げましょう」という話をよくします。例えば、教科書読むだけの授業や、5年前、10年前と同じ授業は、もちろん、変わらない知識というのもありますが、時代と共に変えていくべき知識というのもあるので、講義内容は毎年更新するのがいいと考えます。教員を教育するというのは簡単ではありませんが(むしろ極めて難しいと考えますが)、そのた めのFDはとても重要ですので、自分たちが学生を教える以上、自分たちも教育の力を信じて自分たち自身がまずは変われると思わないといけないと思います。 教員が成長しないのに、学生さんにだけ変われというのでは説得力がある教育とは言えないと思います。教員自身の成長を示すことで「人は変われる」と思ってもらい、「もう僕はだめだ、私はだめだ」と思わずに頑張ってほしいです。

 

よく遊び、よく学ぶ
自分のゼミの学生さんに対しては「よく遊びなさい」と言います。遊びから得るものはとてもたくさんあります。一つは人間関係であったり、人の気持ちを汲み取り、考え、あるいは察するということであったり、他にもいろいろあると思います。コミュニケーションというのは勉強だけではなかなか身につきません。世の中に出たら、コミュニケーションはとても大切なので、「コミュニケーション学」という授業を必修にしては、と思うぐらいです。サークルやクラブ活動もお勧めです。最終学年が近づくと卒業研究もあるので、「よく学び、よく遊ぶ」というのがいいと思います。例えば、卒業研究は朝から晩まで頑張って、 その後友達と飲みに行って、徹夜で遊んだ次の日の朝には「先生眠たいです」とでも言いながら卒業研究するのもありだと思います(実際、過去にそういうゼミ学生がいました)。メリハリの効いた遊びと学びは、将来役に立つと思います。

 

目線を変えて考える
かつて20代のころ、30、40代の先輩方に将来役に立つであろういろんな話を聞かされましたが、実はその時はあまりピンと来ませんでした。しかしながら、自分自身が30代に、そして40歳が近くなったある時、「あっ」と思うときが来ました。年齢は回り回るものなので、先輩方の話を「記憶」しておけば、自分がその年齢になった際にきっと役立つはずです。

だから、自分のゼミの学生たちに「忘れるかもしれないだろうけど」と前置きしつつ、いろいろ話をすることにしています。自分の今の立場や目線を変えて考えることはすごく大切なことです。「なぜこの先生はこういう教え方をするのだろう」「なぜこの人はこんなことを言うのだろう」と、言っている側の目線に立って考えると、また別の景色が見えてきます。そうすると、自分はどうするのか、ということにも活かせます。

 

学生時代はどのように過ごされていましたか?
学生生活について
大学2、3年生のころの自分自身を振り返ると、ひたすら飲んで、飲んで、飲んで、という学生生活でした(笑)。宴会、飲み会大好きでした。摂南大学の同級生によれば、私が大学教員であることに驚くそうです。私にすれば旧友から「学生時代からは変わったな」と言われることは褒め言葉だと感じていま す。
 
入学したて一年生後期試験の際に、先輩方から過去問や資料をもらってテスト対策をしていたのですが、その資料の枚数が全科目含めると何百枚とあり、みんなでコピー機の前に何時間も陣取り、そしてコピー代も何千円とかかり、辟易としました。そこで、二年生以降は、頭のいい先輩を見つけて、コピーするのでは なく丸々その資料自体をもらって、コピーの手間とその代金から解放されました。
当時の薬学部のカリキュラムは、午前中は座学がびっしりで火曜から金曜の午後は全て実習というハードな時間割でした。実習は早くても18時、少し手間取ると20時、失敗してしまうとやり直して22時に終わるという非常に厳しい内容でした。加えて、実習をすると当然レポートを書かなければなりませんから、 毎日午前中授業があって午後から実習、の繰り返しの日々に、いつレポートを書くんだ!ってことで我々はてんてこ舞いです。みんな疲弊してしまい、実習留年する同級生も出てきます・・。この魔(?)の講義・実習・レポートサイクルから脱出するため、先の先輩の実習レポートを全部見せてもらい、実習の要点を先に掴んでおいてから実習をしました。実習を失敗することなく、できるだけ早く終えることで、その日のうちにレポートを書き上げ、翌日に備える、を繰り返し ました。とにかく班のみんなで協力して早く実習を終えるよう頑張りました。こうでもしなければ、本当に厳しくて学生生活が回りませんでした。こういう話を自分のゼミの学生さんに言うと、「先生すごい効率のいい生き方ですね」と言われるのですが、振り返って自分のやり方が効率がいいという意識はなかったです。とにかく必死でした。ですから、私の二年生と三年生の二年間は授業・実習・レポートに追われてあっという間に過ぎました(苦笑)。

 

研究室選びについて
薬学部を選んだ理由は、「新しい薬を創って病気の人の役に立ちたい」という気持ちがあり、入学した一年生のときから大学院進学を考え研究活動に興味がありました。その意味で三年次の研究室(ゼミ)選びはかなり重要な位置づけでした。自分の学部・学科にどういう教員がいらっしゃって、どの研究室(ゼミ)を選んでどの教員に付くのかは、大げさに言えばその後の人生を左右します。お勧めの選び方は、興味のある研究内容で選ぶより、教員の人物重視です。私の指導教員(恩師)は米田幸雄先生ですが、実は米田先生の開講科目の試験ではいい点数を取ったことはありませんでした。ですが米田幸雄という先生に惹かれて研究室を決めました。現在の獣医学類の場合、卒業研究期間として2年半もの間をゼミですごします。学生さんには熟考を重ねていいゼミ、いい教員を選んで 欲しいと思います。
摂南大学薬学部の図書館には薬学部全教員の業績集という分厚い本があり、私は入学して間もない一年生の頃からその業績集を読んでいました。今思えば、変わった一年生だったかもしれません。業績集を見ていくと薬学部の先生たちの研究アクティビティが分かります。米田先生の業績は圧倒的であり、驚嘆した私は一年生のときから米田先生の研究室にお邪魔して「話を聞かせて下さい」と出入りさせてもらいました。これがそのまま三年生での研究室選びに繋がっています。米田先生との出会いが今の縁に繋がっています。ゼミ選択は学生さんが「この先生につきたい」と思って選ぶわけですから、まさに主体的な学習の一環だと 思います。

 

大学教員というお仕事に就いて
azuma_3大学教員である自分を顧みて、とてもいい仕事に巡り合えたと感謝しています。教育は、学生さんを育てて、一人前にして(近づけて)世の中に出す、そして、また次の学生さんを育てる、が続きます。大学教員とはとても尊い職業だという意識が年々増えてきています。大学教員である自分はとても幸せであり、充実した人生を感じています。
働き始めて20代30代と歳をとると経験値は増えます。ただ、もしかすると、知識や経験が増える代わりに、若い時の「感覚」が薄れていくことを恐れています。一方で、学生さんたちは、若い「感覚」をもっていますので、教員の知識や経験と学生の感覚とをうまく融合させて教育効果を上げたいと考えています。
府大に着任して10年目になりますが、ゼミ学生のAさんを教える中で、獣医学類のゼミ配属期間である2年半の間にAさんに合う教育方法を確立できたとします。でも、その方法は別の学生Bさんには合わなかったという経験があります。かつて恩師から学生に合った指導方法の難しさを聞いてはいましたが、実際に自分で経験してみて、教員には引出しの多さが求められると痛感しました。こういった経験から、まずは教員の教員力を上げる、人間的にも日々成長する、ことを強く意識するようになりました。そのためには、教育する機会、すなわち、ゼミ配属で学生に選ばれる教員にならないことには、こちらの教える力も伸びません。ですから、縁があってゼミに配属されて、私が指導教員となった学生との縁はとても大切にしています。
 
 ■教育は学生と教員との共同作業
学生の教育は教員と学生の共同作業だと思います。教員が学生を伸ばそうという要素に加えて、学生も学びたい、成長したい、という要素とが二人三脚的に進行できると教育効果は上がると思います。

教員と学生は年齢が離れています。教員になりたての頃は、お兄さんやお姉さんの年齢だったのが、やがて、父親・母親世代となることで、年齢差から来る世代間のギャップがあります。そのため「言わなくてもわかる」という考え方は止めて、「以心伝心」は通じないという前提で学生さんと接するように心がけてい ます。日々、どうやって学生さんと良いコミュニケーションを図るか、を思案しています。一つには、積極的に学生さんに話しかけるようにして、学生との円滑なコミュニケーション力を高めたいと思っています。
学生にとって、主体的な学習は、一つには「自分を知るためのもの」だと思います。たとえば、GPAを見たときに凸凹があるとすると、凸凹のところが自分の得意不得意ということで、成績は自分を移しだす鏡の要素があり、自分を知ることに繋がります。教育の一面として、教員が学生の良い鏡となって、自分を知る一助となり、成長のきっかけを掴んでほしいと願っています。

 
初ゼミ『大学教員というお仕事』のきっかけ ~ FDについて ~
2012年度、一回生向け開講科目の「初年次ゼミナール」を担当する機会に恵まれました。この科目は2012年度から始まった新設の科目です。獣医学類での講義担当者募集に際し、立候補しました。授業内容を示す副題は『大学教員というお仕事』でした。学生さんに大学教員の仕事内容を紹介することで、自分たちを教育する側である教員に対する理解を深めてもらいたいという狙いがありました。教員に対する理解を深めることで、今後の学生生活における学びに対する意識を高める一助となっていれば嬉しい限りです。

私自身、教員の教育力を高め、自己成長が必要だと考えていますので、学生FDの活動はとても素晴らしいと思います。まだまだ学生FDの人数は少ないとのことですので、一人でも多くの学生がFDに興味を持ってほしいと思い、今回のインタビューを受けました。
自分のゼミの学生さんにいつも言うことは、教員に対する適切なフィードバック、例えば、「先生の授業は分かりにくいです」あるいは、「先生の授業はとても分かりやすいです」などをきちんとした方がいいということです。お互い良い意味で緊張感を持って、建設的な意味で教員の教育力をあげるのも、学生さんの主体的学習の一環だと思います。学生の意識が高まれば、教員の意識も高まり、それがポジティブループになることで、教育の効果が最大限に発揮できると思います。もちろん、教員の中には意識の高い先生もおられて、「大学の教員なのだから、自分で自分を高めていくのは当たり前だ」という考え方もあります。ここ で「目線」を入れ替え、先の「主体的な学習」の項で述べた、教員の自己改革意識に基づいて教員集団を大きく三分割し、その真ん中の教員集団にFD活動を注力していくのがいいと感じています。
前職の大阪歯科大学では、FDに力を入れていて、講師以上の全教員を対象にして全員で1泊2日のFDのワークショップを実施していました。別施設に集まって全員で実施することで、参加者全員のFDに対する意識も高まり、教員の教育力の底上げを目指していました。大阪府大でもFDを実施していますが、毎 回各専攻から1人ないし数名の参加者です。ですので、一度もFDに参加したことが無い教員も多いかと思います。私は今、教育運営委員も務めていますので、獣医学類の全ての教員に一度はFDに参加して頂きたいと強く希望しています。教員が自己改革すべく自己の意識改革を達成してこそ、学生へのより良い教育を提供できると思います。「人は変わる」ということを率先して示すということが必要だと思います。
大学教員の業績評価はとても大切ですが、評価の指標としては、研究、教育、大学管理、社会的貢献、などがあります。この内、研究業績は学会発表の回数、 獲得研究資金の額、執筆した論文数、など数字で評価できます。一方で、FDに力を入れることは教育業績に含まれるかもしれませんが、例えば授業の教え方が上手い、学生の評判がいい、FDを頑張っている、といった項目をどう評価するかが難しいかもしれません。適切な評価方法があれば、教員自身の励みにもなると思います。

講義ならびに卒業研究指導をする上で気をつけていることは何ですか?

講義では、寝ささないようにしています。メインの科目である獣医薬理Aと獣医薬理Bでは、予め学生に「遅刻は認めません」、「聞きたい人だけ聞きにきて下さい」とアナウンスした上で授業をしています。授業を聞きに来た学生さんには来た分だけ何かしら有意義な時間を、との思いで授業をしています。「寝ささない」というのがモットーの一つです。あと、自己分析としては板書が少ないかもしれないです。しゃべっている時間が長く、もしかすると、みんなメモを取るのに忙しいかもしれません。今年度の学生さんからは、話す内容をアップして、後から見返すようにして欲しい、との要望が寄せられました。
大阪府大に来て10年目となりましたが、講義時間中の学生さん達は年々静かになってきています。特に3年前ぐらいからは本当にサイレントで静かすぎるので、少し怖いぐらいです。授業のコアな内容に加えて、(テストには出ないような)雑談の類まで、彼らは黙々とペンを走らせています。内心、「おいおいそんなことまでメモ取りますか」ってツッコミたくなります。
大学の教員は小・中・高校の教員とは違って教員免許を持っていませんし、教育のツールを教わっていません。ですので、みなさん我流で教えておられると思います。私自身は大学本部の職員も含めて他の教員の方々に自分の授業を聞いて欲しいと常々思っています。自分の講義に何か改善すべき点があれば指摘して頂き、次の講義に活かしたいと思っているからです。自分で自分の授業の欠点・改善点を見つけるのは容易ではありません。少なくとも、何人かの学生さんには聞いてみて、自分なりにフィードバックをかけるようにはしています。
教育をしていて工夫が必要だと感じるのは、学生によって、「一」を言って「三」分かる学生と「一」を言って「十」分かる学生がいますので、当然教え方を変える必要があります。教員歴が10年に近づいたころ、ある優秀な学生から「何であの学生は手厚く面倒見てもらっているのに、私はここまでなんですか? ほったらかしですか?」と言われ、私の中では、学生の能力に合わせて軽重を変えていたことが、学生当人には私の意図が伝わっていませんでした。そういったこともあって、以来、機会をみつけては学生さんとコミュニケーションをとって、こちらの教育の意図も伝えるようになりました。先に述べた「以心伝心」みたいに「察せよ」とか「言わなくても分かるだろう」というのはないと思っています。
卒業研究指導で、特に重視していることは、学生自身に「どうやって自分を育てて欲しいか」、と尋ねています。「自分で自分を育てるとしたらどんな教育方法が有効か、どうやったら自分自身がもっと伸びると思うか」を一緒になって考えていきます。さらに、数カ月から半年に一回を目途に、定期的に学生と個人面談を重ねることで、「これまでを振り返って、私の教育方法・育て方でどのくらい伸びたのか」を確認します。そして、「どうすれば、今日以降、さらに成長できると思うか」を一緒に話をすることで、その後の教育活動に活かしています。これら、面談と顧みることを繰り返すことによって、私の教育スキルも向上しますし、結果、学生さんの能力向上につながると思っています。

 
 ■マイナスを減らすよりも、プラスを増やす
きちんと挨拶できる学生が少なくなり、決められた時間を守ることもできない学生も増えてきて、いろいろと困ることも多くなり始めました・・。挨拶や遅刻その他時間管理は、本来、大学で教えることなのでしょうか・・。プラスを増やしてあげる教育をする以前の問題として、マイナスを減らす教育から始め ることもしばしばです。

ただ、一方で、短所を直すよりもむしろ学生さんのいいところを見つけてあげて、あるいは、気づかせてあげて、長所を伸ばしてあげたいです。長所がすぐに見つかる学生もいれば、そうではない学生もいます。欠点はどうしても最初に目につきやすいですが、いいところを探してあげるというのは教育上の重要な眼目 だと思いますので、長所を探す作業も、私と学生との共同作業で臨んでいます。そういう意味でも、先に書いた学生自身に「自分で自分をどうやって育てるのか」などの面談は信頼関係の構築や教育効果の増大といった面もあり、本当に重要視しています。

 

学生へのメッセージをお願いします。

たくさん遊んで下さい!18歳でしかできないこと、20歳でしかできないこと、22歳でしかできないこと、というのがあります。自分の人生を横軸に時間(年齢)をとって、今しかできないことをして欲しいです。「なんとなく大学に来て、なんとなく授業を受けて、なんとなく気がついたら定期試験、就職活動、それで気がつけば4年生になって、卒業」とならないように時間を上手に使って下さい!azuma_5
やりたいこと(目的)がきちんとあって、その手段として大学や学部を選んでいるのが理想ですが、学生時代に熱中できることを見つけられたら幸せだと思います。自分の中に熱いものがあれば、それが色んな推進力やエネルギー、行動力になるはずです。たとえば、サークルに入り、クラブ活動をすれば、そこにしかない面白さがあります。獣医学類の学生はりんくうキャンパスに通っていますので、クラブ活動やサークルのために中百舌鳥キャンパスへ行くのは困難を伴うと聞いているので、少し気の毒にも感じます。あとは、ひたすら読書、本を読んでほしいですね。一人旅、旅行にも行ってほしいです。若いうちに見聞を広めてもらいたいです。

 

府大の好きなところを教えてください

誤解を恐れずに言えば、いい意味で、一流半から二流なところでしょうか。いい意味でですよ。旧帝大のように権威的なものもないので、「府大だったらこのくらいできて当然だろう」みたいな客観的なプレッシャーもありませんし、かと言って、知名度はそれなりに高いと思います。初年次ゼミナールにしても学域学類制にしても、組織を変えるというのは物凄く大変なことです。「いい意味で」と言ったのは、フットワーク軽く、いろんなものがやれるということです。ちょうどいい組織の大きさと言い換えられるかもしれません。府大にきて10年目、キャンパスもどんどん変わりました。いろいろな改革ができるというのは、私個人としてはいいことだと思っています。

 

インタビューを終えて(学生スタッフより)

インタビューを通して、東先生の教育への熱い思いが伝わってきました。また教員という学生とは違った視点から、大学教育とはどのようなものなのかを少し知ることができたと思います。「教育は学生と教員との共同作業」ということで、教員の方々の熱意に対し、学生の私たちは私たちで、学びたいという意欲をもつこと(これも学びの主体性の1つ?)が大切なのだと感じました。私も残りの学生生活で、しっかり学びたいことを学んで、そして学生である20歳の今しかできないことをしていきたいと思います。東先生、貴重なお話をどうもありがとうございました。